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2017/09/24 15:37 |
序章
 






   【 直線一気 】 ・・・ 競馬のレースにおいて、馬群後方のポジションをとっていた馬がゴール前の直線で豪快に他の馬を一気に抜き去る戦法。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
序章
 
 
 
 
 
どこまでも深く澄みきった空。
頂点をやや過ぎた感のある太陽は眩ゆい光を放ちながら、音もなく、静かに西側に横たわる山脈へと進路を取りつつある。
広大な草原が広がる地表に一陣の風が舞い降り、いくつもの柔らかな撫であとを残しては大海原に向かって吹き抜けていく。
太平洋の潮の匂いが香る、沿岸の丘陵地帯。
門別から遠く襟裳まで南北130キロに渡って続く北海道・日高地方には日本の競走馬を生産する牧場の約9割にあたる千軒以上の牧場が軒を連ねている。
しかし日本経済が華やかだったバブルの絶頂期、「足が四本あれば何でも売れる」と言われた活況の時代にくらべれば牧場の数は半減した。最近では後継者不足からなる人的資源の減少、折からの大不況といった逆風により厳しい生き残り競争が続いており、お世辞にも産地には活気があるとは言えない。
表向きの風景はさして変わらない平穏さを覗かせているのだが……
その日高地方の中心とされる静内。
静内は過去、多くの名馬を輩出してきた最もポピュラーな土地である。
風光明媚な町の南にある丘は、古くはアイヌの大酋長シャクシャインの最後の砦(チャシ)が築かれていた歴史の深い場所でもある。
 静内の市街地を横に流れるシベチャリ川の上流に位置する、とある小規模な家族牧場。
 ここから物語は始まる。
 
「ねぇ、お父ちゃ~ん」
 厩舎奥の馬房で作業する父親を呼ぶ幼い少年の声。
 暗く、土埃っぽい厩舎の居室ではテレビから競馬中継が流れていた。
 見たところ5、6才くらいの男の子は半ズボンによれたTシャツ、野球帽という姿で、畳間の上にあがって体育座りしていた。
 呼びかけた声に返事はなく、厩舎からは寝わらを踏みしだく音や牧草のこすれる乾いた音、馬房にいる馬が鳴らす鼻音が聞こえてくる。
「と―ちゃ―んっ」
 埃まみれのブラウン管には府中競馬場のパドック(下見所)が映っていた。
今日の東京は初夏を思わせる五月晴れである。
眩しく照りおろす日差しの下をこの日のために選ばれた18頭のサラブレッドが厩務員たちに曳かれて楕円形のパドックを粛々と周回している。
 ブラウン管に小柄な栗毛馬が映し出されて、
 
《 アカネツバサオー 380kg -4  依田 》
という字幕が映る。
 アカネツバサオーというその馬についてのパドック解説の声が聞こえてくるが、少年にはチンプンカンプンだった。
馬は少し気負っているのか、四肢の足取りが早い。
何度も前へ走り出しそうになり、その度に引き手をもった若い女性厩務員が両手で押さえ込み、その首は水鳥ように大きなカーブを描いていた。
「ヒデ坊、まだレースじゃねぇべや―っ!?」
 厩舎の奥の暗がりから、少年の父親であり霧原牧場の主である霧原弦人の声が聞こえた。
「うん、まだだよ~」
農場主らしく青いつなぎを着た霧原はあらかじめ屋根裏から1階の廊下に落としておいた牧草の束を両手で解体していた。緑色のそれは青草と呼ばれ、寝わらとは違って馬房にいる馬のおやつになるものだ。
その脇では1匹の三毛猫が眠そうな目をしながら座っている。
 霧原は180センチを優に超す大男である。
馬産で鍛えられた体で何キロもある圧縮された牧草のかたまりを、今度はカギと呼ぶ鉄製のフックを使って通路の両側にならぶ馬房に手際よく投げ入れていく。
「でもさぁ、楓姉ちゃんとツバサオーがもう出てるよ~!」
「おぅ、パドックはいいからぁ、返し馬になったら呼べぇ」
 北海道独特の語尾のあがる訛りでそう言い返した。
牧草をひととおりまき終わると今度は蛇口から長いホースを引っ張ってきて馬房内に掛かったプラスチックの水桶に飲料水を入れ始める。
 何リットルも入る桶がみるみる満ちていく。
 は~い、と6歳の息子・秀吉は答えた。
 テレビには番組の司会者であるタキシード姿の男性アナウンサーと、同じくドレス姿のグラビアアイドルや正装したゲストたちが映し出されていた。
 今日は特別な日だ。
 競馬を知る者なら誰もが知り、ホースマンであれば誰もが目指す頂点。
その勝者を決める日である。
 
 そう。
 『東京優駿』が間もなく始まろうとしていた――――。
 
 
 
 
 
 
 
 
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2007/06/14 01:30 | Comments(0) | TrackBack(0) | 未選択

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