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2017/11/25 03:08 |
1章  若月小次郎 1 - ④
 
 
 
 
 
                                            4
 


「舜クン?」
 高級外車リンカーンの後部座席。
並んで座る二人のうち、花模様の染め抜かれたあでやかな赤い和服を身にまとった若い娘が隣に座るスーツ姿の青年に問い掛ける。
 車は昼下がりの湾岸高速道路を悠然と走り抜けていた。
「舜クン」
 青年は無言のまま窓の外に目を向けていた。
 ウェーヴがかった柔らかい茶色の髪は長く、ひどく女性的なつやをもつ。正面で大きくわけた髪の間からは、やや童顔の、それでいて異性にもてはやされそうな鼻筋の高い秀麗な顔がのぞいていた。
 男は一昨年のJRA騎手新人賞、関西・栗東トレセン所属の神薙舜(かんなぎ しゅん)である。
 その腕前はマスコミをして『次代の天才』と呼ばれるほどで、すでに全国リーディング5位に名を連ねる名手だ。
 競馬サークル内では関西の名伯楽・神薙啓の長男として知られており、白井の競馬学校時代から20年に1人の逸材として騒がれていた大器だ。
 窓外を茫洋とみていた男の口元は何かつぶやいていた。
「は……いま呼びましたか、お嬢様」
「『いま呼びましたか、お嬢様』じゃなくてよ。もぉ」
 急に我にかえったようにふりむくと、女の指がその頬に音もなく触れた。
「いったい何に気を取られていたの?」
 二条院しづかは幼女のように頬をふくらませ、シュンという男を上目遣いににらみつけた。
「昔のことを思い出していて……申し訳ありません」
「……そう」
 強い光を放っていた女の瞳が、ふっと和らいだ。
 しづかは小さなため息をついて男の肩に顔を預けた。
甘い髪の匂いが舜の鼻に香ってくる。
「たまに舜クン、今みたいに遠くへ行ってしまうの。わたしに魅力がないってこと? 許せないわ」
しづかは不服そうにつぶやいた。
「いえ、お嬢様。そんなことはけっして……」
 固い着物ごしながら左腕に伝わってくる豊満な胸の感触に、舜は声をうわずらせた。
「うふ、いいわ。許してあげる。だって今日はお父様からわたし達へのプレゼントを受け取りに来たんだから。先日アメリカから着いたばかりで、ひとまず長門調教師のところに預けてるっていうけど、ほんとうにひさしぶりに会うの」
 しづかは子供っぽい笑顔で目を細めた。
 雪のように美しい肌と、思わずはっとしてしまいそうな潤んだ黒い瞳の持ち主である。その左目の目尻には涙の形をした変わったほくろが2つあり、白い肌に何ともなまめかしい。
 着物の袖から見える手足や首は枝のように細いが、必要な場所には適度なふくよかさが現われていた。
一目みただけで忘れられないほどに整った容姿、と言える。
競馬の花形をつとめるジョッキーとはいえど、舜は競馬学校を卒業してまだ2年しか経っていない若者だ。
この令嬢と行動を共にしている時間はつねにそわそわしていた。
 彼女と近しい関係になったのは、去年の秋の天皇賞を彼女の父親の所有する馬で制したのがきっかけで、祝勝会に招かれた舜にしづかが一目惚れしたのだ。
 最初は有力オーナーの娘ということで無下にすることもできず対応していたのだが、最近では既成事実をつくられそうな勢いである。
 そんな彼女が今日、わざわざ地元の関西から自家用小型ジェットと車付きで舜をデートに連れ出したのには大きな理由があった。
「うふふ、絶対に喜んでもらえるはずよ。わたしとお父様がね、舜クンを必ず世界一のジョッキーにしてみせるの」
「はあ……」
 歯切れの悪い笑みをみせ、舜はインターを下りていく車の外にふたたび目を移した。
 
 
 
 
 厩舎の前に停まった大きな馬運車の分厚い後ろ扉がゆっくりと開かれ、地面へと斜めに架かるスロープになってピタリと止まった。
 犬介、熊五郎、楓、翔太、そして小次郎。
輸送業者の厩務員が引き手をもって、軽い身のこなしで馬運車のなかに入っていく。
「よーし、よしよし」
 興奮しているらしい馬をなだめる声が奥からして、蹄が金属の壁をたたく音が鳴る。
「二冠馬……二冠馬……!」
 楓は両手の指をからめ合わせて先ほどから呪文のように唱えていた。
 重い蹄の音とともにヌッと巨大な黒鹿毛があらわれる。
体重は500キロ台後半はあるだろうか。ワイルドなたてがみに筋肉が膨れ上がったその姿は想像をはるかに越える迫力だった。
「わぁ―っ、すごい!」
 思わず楓が声をもらすと厩舎随一のキャリアを誇る厩務員歴40年の熊五郎も目を丸くしていた。
 腕組みしている小次郎が説明っぽく口を開く。
「そいつはリーサルウエポン。父親はタヤスツヨシ。おととしの道営・赤れんが記念で2着に入った強豪だ。牡の9歳」
「え? きゅ―さぃ?」
 大地を揺るがす迫力で地面に降りたったリーサルウエポンは長旅の疲労など微塵も感じさせない力強い足取りで、厩務員からそのまま引き手をバトンタッチした犬介の輪の動きに従った。
「一度中央で走らせてみたいっていうオーナーの意向でな。年は食ってるがまだまだやれるし、夏の福島戦から使う予定だ」
「それじゃあ、秋には重賞戦線を賑わしてくれるかもしれんのぅ。楽しみじゃ」
「リーサルウエポンは熊ちゃん、頼む。これからうちの看板馬だからな」
「まかしといてくだされ、ホッホッホ」
 見かけにそぐわない太い腕に力こぶをつくって熊五郎はニッと茶ばんだ歯をみせた。
「でもって今日もう1頭入厩するのが、牡2歳のアカネツバサオー」
「アカネツバサオー……」
 午後の強い日差しのせいで馬運車の奥は暗がりになっている。
 その姿は確認できなかったが、楓は『翼王』という名を口のなかで反芻しながらじっと目を凝らした。
「ソレ!ソレ!」
 厩務員の気合が聞こえる。
嫌がっているのか、難しいところがあるのか、うまく従っていないようだった。
「しゃ―ねぇな……」
 舌打ちしてつぶやいた小次郎が一足飛びに馬運車に乗り込んでいく。
少しして「ブヒッ!」という声が聞こえ、一同の待ちかねた馬が小次郎に引かれて出てきた。
 カポッ、カポッという蹄の音はプラスチックのお椀の音のように軽い。
一同がその栗毛馬を見てまず感じたのはその小ささだった。リーサルウエポンの巨体に驚いた直後なこともあり、まったく同じ種族とは思えないほど小さく感じる。
ツバサオーは顔の半分くらいもある大きな白い『流星』の模様に、四本の脚それぞれにソックスを履いたような『四白』だった。存在の小ささとは正反対に派手さばかりが目に付く馬である。
馬運車の中でのわがままが過ぎて小次郎に殴られたらしく、両目を潤ませた半泣き状態でツバサオーはショボンとしていた。
 ほれ、と引き手を預けられた楓は狼狽した。
「めっちゃ、小さいですね……」
 思わずそう翔太が口にすると全員が相槌をうった。
 多く見積もっても400キロに届くかどうかという馬体はこれといった筋肉もついておらず、すでに道営の新馬戦を走ったというのがにわかに信じられない。
「ま、見てのとおり見栄えのしないやつだけどよ。こいつもオーナーの希望で今回、中央で走らせることになった。先に言っとくが、馬は走らせてみないとわからない生き物だから先入観を取っ払ってしっかりやれよ」
「はい……あの、血統って一応聞いといていいですか? この仔の父親で二冠馬って」
「栗毛の二冠馬っていったらアイツしかいねぇだろ」
 楓の頭に二冠馬のデータが思い浮かべられる。
 最近の馬でいえばメイショウサムソン、ネオユニヴァース、タニノギムレット、キングカメハメハ、サニーブライアン、古ければトウカイテイオー……
 でも栗毛…栗毛、……栗毛!? ああああっ!!
「ミ、ミホノブル、ぼ、ん! ヒャアーッ!!」
 口に出した瞬間、まったく無防備だったお尻を下からスライドぎみに撫であげられて思わず楓はのけぞった。
手練を思わせるセクハラ技術に、全身におぞけが走った。
 が、振り返ってもそこには誰もいない。
「誰……?」
 しんとした周囲を見回す。が、やはり後ろには誰もいない。
 ツバサオーが小さく鼻を鳴らす。まさかと思いながら楓はその顔をじっと見た。
 視線をもらった小柄な馬はバツが悪そうに目を逸らした。
「……!?」
 まさかと思ってあらためてジッと視線を押し当ててみると、栗毛は両目をつむってわざとらしく口笛をふく真似をした。
 こいつ……。
「ブヒ、ヒヒヒーッ!!!」
 ゴン、という鈍い音とともに小中高と10年間、琉球空手をつづけてきた楓の正拳突きがまともに眉間にヒットして、ツバサオーは後肢をピョンピョン跳ね上げて悲鳴をあげた。
「きついのもう一発、ほしい?」
 引き手を束ねて持ち、右手でグーをつくってみせる。
 急速に青ざめたツバサオーは恐怖のあまり大きく首をふった。引き手から伝わる負のオーラが新しい厩務員の恐ろしさをダイレクトに物語っていた。
「変な馬っスね」
 独り言のような犬介の言葉に小次郎が反応する。
「ああ。ありゃ、とんでもない癖馬でな。人間も馬もメスと見たらとにかく発情しちまうんだな。だから楓はいい教育係になると思うんだが」
「なるほど……逆に女にシメられりゃ、たしかに大人しくなるかもしれない」
「だろ?」
 小次郎が笑うと犬介はニコリともせずに腕を組み直して、軽いため息をついた。
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2007/07/13 17:29 | Comments(0) | TrackBack(0) | 未選択

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