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2017/04/25 17:25 |
1章  若月小次郎 1 - ⑥
 



                           6
 
 
 


 乾いた金属音を鳴らしてゲートが開くと、ほぼ横一列に10数頭のサラブレッドたちが緑鮮やかなターフに躍り出た。
 競走馬たちは移動する地鳴りのような蹄音を響かせて疾走する。
 3コーナー過ぎ。
 逃げていた鹿毛馬が一杯になり、後方から押し寄せてきた馬群が先行馬たちを飲み込むべく進出してくる。
 気合とともに騎手がふるう鞭音が鳴るなか、1頭、また1頭と脱落していく。
 4コーナー。
 5頭のサラブレッドが鎬を削るそのさらに大外を、最後方で脚を温存していた青鹿毛馬が猛烈な勢いで差をつめてくる。1完歩、1完歩ごとに先頭との差は縮まっていき、ついには他馬をまとめて追い抜いた。
 場内に歓声が沸き起こり、大外を追い込んだ鹿毛がゴール板を通過した。

 スタンドの記者席エリア。
「いやぁ~、大外一気のスゴイ末脚だったなぁ。でも馬券はハズレちゃいましたよ~。花山さんは?」
 双眼鏡ごしにレースを見ていた、小太りで眼鏡をかけた若い競馬記者が笑いながら、隣にどっかりと腰をおろした中年の先輩記者に言った。
 色あせた橙色のポロシャツから見える日焼けした太い腕を組み、面深にかぶったハンチング帽の下で煙草をくゆらせる男はむすっと黙っていた。
「外したんですかぁ、まぁ、しょうがないですってば」
「うるせぇ。こんなクソレース、馬券なんざ始めから買ってねぇ」
 関西スポーツの競馬担当、花山克敏は吐き捨てるように言って煙草を灰皿に荒っぽく押しつけた。
「あんなもん、見た目が派手なだけで前にいった連中がタレてっただけじゃねぇか。下手糞どものやる競馬見せられて腹が立つんだよ!」
 また始まった、とばかりに若い記者は出馬表に目を落とした。
「おっと、今のレースで勝ったのって去年デビューした依田犬介騎手ですね」
「あん? 誰だ、そいつ」
「ええ、若月厩舎所属のジョッキーですよ。彼、北海道の地元じゃかなり名の知れた不良だったらしいですよ。他の騎手やマスコミにもあんまり評判よくないですね。狭いスペースに強引に突っ込んだり、ハナ(先頭)に競りかけていったら絶対に引かないし」
 あきれた顔で、そんなもん当たり前じゃねぇかと思いつつ花山はそれとは異なる言葉を投げかけた。
「若月…って、そんな調教師が関東にいたのか?」
「ボクもよくは知らないんですけど、この間たまたま美浦で見かけたんですよ。黒ずくめのヤクザみたいなおっかない人が調教コースにいるから周りの人に聞いたんです。そうしたら『あれは若月小次郎だよ』って」
「若月小次郎だと――っ!!!!」
 花山は血相を変えて立ち上がっていた。
 見たこともない熟練記者の仰天ぶりに、若い記者の眼鏡がずれ落ちた。
「あの、若月さんて元は騎手で、レース中に自分の乗っていた馬を壊してそのままショックで失踪しちゃったんですよね?」
「ああ。もうだいぶ前のことだがな。ありゃ、とんでもない事故だった。だがまさか関東で調教師になってやがったとは。そうか、弟子もとってちゃんとやってるんだな」
 ほこりを被っていた灰色の脳が突然、活性化したように花山は体中がゾクゾクしてくるのを感じた。
安酒とケチな博打のくり返しに溺れて心は錆びついているが、刻み込んだ記憶は消えようがなかった。
 懐かしげな表情で「そうか、そうか」といって花山は何度もうなずいた。
「花山さん、知り合いだったんですか?」
「知り合いもなんも、俺ァ、野郎の仲人をやったんだぜ。神薙御大をはじめとした東西の関係者がめっちゃくちゃ集まった盛大な結婚式でよぉ、あの頃は世間も競馬も、今よりずっと楽しかったなァ」
「はぁ……なんかそんな凄い人には見えなかったですよ。どっちかと言うと一匹狼って感じで、近寄りがたいオーラは出ていましたけど。あ、たしかバナナ食べてましたね」
 部下の言葉を聞き終わることもなく花山は急ぎ足で階段をおり、地下検量室にむかった。

 レースからあがってきた騎手や馬たちにまぎれ、視線を泳がして辺りをうかがっていると着順が確定したらしく、顔を洗い終えた犬介が検量室から出てくる。
「おつかれ、ないっっすな騎乗だったよ!」
 そばにいた楓の突き出した手に軽くハイタッチして犬介は目を細めた。
 普段は険相が多い男だが、2か月ぶりの美酒に笑みがこぼれていた。
「口取り行くけど、おまえもいくか?」
「あはは、翔太の管理馬の写真にまざるのもどうかだよね。でもウチの厩舎の勝利だしな」
「お、おい!!」
 突然、見知らぬ記者風の中年男から声をかけられて、ふたりは顔を見合わせた。
「こ、ここここ小次郎は、いるのか?」
 声をうわずらせ、かなり興奮ぎみに花山はたずねた。
「小次郎先生は……今日はいませんけど」
 あまりの勢いにやや引きながら楓がこたえると、花山はそうかと肩をおろした。
「伝えてくれ。『水臭いじゃないか』って関スポの花山が言ってたってよぉ。俺っちのことは言えば必ずわかるはずだ」
「はぁ……はい」
 折れ目のついた名刺を一枚渡して、突然の来訪者はその場から去っていった。
 何のことやら分からず、楓と犬介は小首をかしげた。
「関スポの、何つった?」
「いや、突然だったから……よく聞こえなかった。あ、でも名刺があるじゃん」
 やたら手垢にまみれたその名刺には、

『 スナックゆかり ボトル無料引き換え券 』

 と、印刷がされているだけだった。
 しばしの無言の時間。
「やべぇ! 口取りいかねぇと!」
 思い出した犬介が走り出す。
 あわてて楓も後に続き、二人は勝ち馬が待つウイナーズサークルへ向かった。
 
 


 週が明け、全休の月曜日をはさんで、また美浦トレセンにいつもと変わらぬ調教風景が戻っていた。
「フォォォォォ~~」
 夜更かしゲームで両目をはらした小次郎は大あくびを漏らした。
 禁煙パイポをくわえながらラチにもたれかかっているその前を、1頭の鹿毛がキャンター(駆け足)で通り過ぎていく。
「なーんか、今日もまたマスコミが多くねぇ?」
 ダービーの直前でもあるまいに、と小次郎はジトーッとした眼で周りを見やった。
 今朝もまためずらしく、先だってのネオブラッド・ジャパンが主催した会にも劣らない人数のマスコミや関係者が調教コースを訪れている。
 ウッドチップが敷き詰められたコースを犬介がまたがったリーサルウエポンと、遠野鏡子がまたがったツバサオーが緩いキャンターでまわってきた。
2頭は流れる汗をしたたらせながらコース端にいる小次郎の前で足を止めた。
「よう、うちの看板馬の乗り心地はどうだ?」
 意地悪そうな笑いをみせて鏡子に問い掛ける。
「悪くはないけどねぇ。なんてゆうか、全然走りに集中しない」
 美女にまたがってもらったツバサオーは喜びすぎて走っているあいだ中、ずっと尾を振っていた。
だが、かといってそれ以外は特別な悪さをするでもなく、鏡子のまたがった感想は想像より良いほうだった。
 常識的にいえばツバサオーは競走馬にするのも危ぶまれるサイズである。
イメージが先行してそのまま走らない馬のように思えるものだが、出脚の軽さや身のこなしは驚くほど柔らかくバネに富んでいた。
「リーサルは?」
「まだ重いっスけど、前脚の掻きこみと後ろ脚の力はさすがですね。ローカルの1000万条件なら簡単に突破してくれるんじゃないですか」
 地方のホッカイドウ競馬でトップ級の実力をもつリーサルウエポンは脂肪のついた体をもてあましながらも、ここ最近はキャンターのラップ時計を少しずつ早めている。その走る様はダート専用の重戦車といった風情だ。
 ここでいうローカルとは、中山・東京・京都・阪神という主だった競馬場ではなく、全国に点在する札幌・新潟・福島・中京・小倉などのことを言う。
 ローカルでの開催期間は各厩舎の主力馬にとってのオフシーズンであったり、基本的に遠征をするため、ややメンバーが手薄になるのが特徴である。ちなみに中央競馬では2歳馬のデビュー戦となる『新馬戦』がはじまるのもおおむね夏のローカル開催からとなっている。
「息の長い競走馬づくりの名人、道営・伊達辰人調教師の管理馬だからな。80戦走ってても脚元はきれいなもんだぜ」
 満足げな顔で小次郎は言った。
「ところでさ、今日もなにかあるのかな? すごい人」
 調教用のゴーグルを外し、鏡子はレンズについた砂埃を指先で拭いた。
「ま、うちには関係ねぇわ……」
「いやいや、それはわからんぞい!」
 ニュッという音がしたかはわからないが、小次郎の視界の真下、股間のあたりから白ヒゲの厩務員があらわれた。
「うお! 熊ちゃん」
「ホホ……すまんぞい」
 そう言って熊五郎は一枚のA4紙を小次郎に手渡した。
 マスコミ・厩舎関係者各位、と書かれたくだりから始まる一文に目を通していく。
 
『(前略)……6月14日午前11時、美浦トレセン南ウッドコースにて競走馬名シャイングロリア(父Dominion 母Glorious Sky)の皆様方へのお披露目式を行ないたき所存でございます。(中略)それでは当日、心よりお待ちしております。』
 
 二条院英悟・しづか、という署名で文面は終わったていた。
「シャイングロリア……」
 二条院英悟とは競馬の世界では関西の大馬主、そして世間においては大手家電グループ『光』の創業者として広くその名を知られている。
彼が所有するすべての競走馬にはシャインという冠名がつけられる。ここ最近では去年の天皇賞・秋を制したシャインレオニドス、2年前の夏のグランプリ・宝塚記念の覇者シャインブラムドなどが活躍している、非常に勢いのある個人オーナーである。
「漢字ばっかしでよくわからんが、つまり、金持ちが自分のところの馬を見せるから取材しろってことか」
 小次郎は眉間にしわを寄せて言った。
「お金があまっているならウチにも預けてくれればいいのにね、先生♡」
 調教が終わる時間にあわせて、楓も引き手を携えて馬場にやって来た。
「ケッ。高けりゃ走るってもんじゃねー」
「翔太が言ってたんですけど、『うちの厩舎にはサンデー系がいない』って。ある意味、中央競馬には貴重な厩舎ですよね」
「なぁーに。めずらしいってのはな、それだけで価値があるんだ」
 空にむかってピンと立てた両耳をせわしなく動かすツバサオーの馬上で、鏡子がふきだした。
「それはあんまりだと思う」
 自分のことを言われているとも知らず、四白栗毛の若馬はキョロキョロとあたりを見回していた。
「もしかしてあれか……」
 遠くに目を凝らした犬介が言うと、リーサルウェポンもまた大きな首を持ち上げた。
 厩舎の通りに、左右に厩務員2人を従えた芦毛の馬が現れる。
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2007/08/13 23:17 | Comments(0) | TrackBack(0) | 未選択

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